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妊娠の終わり いろいろ


先週はよう子さんが流産についての思いを書いてくださいました。

今日は、様々な妊娠の終わりについての思いをシェアしたいと思います。


アメリカのように多様な価値観が存在する国で暮らしていると、

一口に妊娠・出産、といってもほんとうにさまざまなストーリーがあることに気づかされ、

自分の世界観の狭さを痛感することがたびたびあります。


例えば、産む人は必ずしも「お母さん」とは限りません。

自分を女性と思っていない人もいますし、

代理で出産する方もいます。


産まれる人、またはおなかの中にいる命を「赤ちゃん」と呼ぶか呼ばないかも、その子を産んだり育てたりする周りの環境によって変わるかもしれません。


本人以外の人にとっては、産む人がどんな思いを持っているのか、

どう呼ばれたいのか、分からないことが多いので難しいです。

だから本人にきちんと確認するのがいいんじゃないかと思います。


妊娠検査をするセンターでボランティアをしていた時、

妊娠検査の結果が陽性のとき「おめでとう!」と簡単には言えませんでした。

その方が、妊娠を望んでいるのか、これからどうするか悩んでいるのか、

話を聞いてみないとなかなか分からないです。


妊娠がわかって、その後どうするか。

本人だってすぐには決められないことも多いです。


そういう時、せめてUmbiased(中立な)立場で、どんな選択肢があるか示して、

本人が決められるまで、そして決めた道に寄り添うのもドゥーラができることだと思っています。


私が今知っているのは、

妊娠を継続して産んで育てるか、

妊娠を終わらせるか、終わるのを待つか、

妊娠を継続して産んで、他の人に育ててもらうか。

の3つのチョイスです。


いずれにしろ、心と体の負担はとても大きいことが多いです。

もし、産んだ後に子どもがそばにいなくても、体は産後のホルモンが出ます。

でも子どもがいないと周りに産後だと気づかれず、気遣いもないことが多いです。


温かく支えてくれるパートナーや家族、友人がいればいいですが、

そうでない場合の方が多いくらいだと思います。


独りぼっちで抱え込まないために、周りの人やコミュニティがみんなドゥーラのように

ジャッジせず、ただそばにいて話を聞く、そんな風になればいいな、と願います。


妊娠は必ずしも「出産」で終わるわけではないという事。

でも、妊娠した人をケアする周りのサポートは、結果に関係なく温かく見守るものだと、

それがスタンダードになればと強く願っています。



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